ケアギバーの共感疲労はセルフ・コンパッションで解消しよう
ケアギバーとは日常生活の中で「誰かを支えている人」のことを指します。私たちは皆どこかしらでケアギバーの側面を持っていますが、その際に感じる疲れやストレスは少なくありません。
本記事では「ケアギバーとは何か」「他者を思いやり、つながるからこそ生まれる痛みや疲れにどのように向き合うのか」について、米国ハコミ研究所認定セラピストの松本真紀子さんによるスペシャルクラスの内容をもとに紹介します。
他人を優先して自分を疎かにしがちになり、余裕がなくなってしまう……そんなときに実践できる具体的な手法も紹介しているので、日々の疲れを解消するヒントにしてみてください。
ケアギバー(caregiver)とは
ケアギバー(ケアラー)とは、英語で“caregiver”と書き、日常生活の中で「誰かを支えている人」のことを指します。日本語の「介護者」と似ていますが、ケアギバーは家族や友人など非公式なケア提供者も含む広範な概念です。
ケアギバーの役割は多岐にわたり、介護や看病だけでなく「お世話」や「気遣い」も含まれます。さらにケアの対象者も高齢者、身体的または精神的な障害を持つ人、重い病気を抱える人などさまざまな事情の人を含みます。
たとえば、子育てをするお母さん、目の離せない家族の見守りをしている人、悩みを抱えた友人のことを気にかけている人などはケアギバーに該当します。
参考:ケアラーとは|一般社団法人 日本ケアラー連盟
ケアギバーが注目される背景
近年、日本でも「ヤングケアラー(ヤングケアギバー)」や「レスパイト」という言葉が注目されています。
ヤングケアラーとは、家庭内で家族の介護や世話を担う若者を指し、その負担や支援の必要性が社会問題となっています。厚生労働省の調査によれば、日本の中学生の約5.7%がヤングケアラーに該当し、問題への対応が急務とされています。
レスパイトとは、ケアギバーが一時的に介護やお世話の負担から開放され、医療機関などに被介護者が一時的に滞在するなどして休息を取れるように支援することを意味します。日本でもレスパイトサービスの拡充が求められており、政府や自治体が支援策を講じています。
これらの社会的な問題を背景に、ケアギバーという言葉が日本でも徐々に浸透してきています。
参考:「ヤングケアラー」中学生の約17人に1人 初の調査|NHK政治マガジン
参考:医療型短期入所に関する実態調査報告書|厚生労働省
ケアギバーが抱えやすい「共感疲労」
私たちは多かれ少なかれ皆ケアギバーとしての役割を果たしていますが、その中で苦しんでいる人の気持ちに共感すると、相手に圧倒されたり飲み込まれたりして心が痛むことがあります。これを「共感疲労」と呼び、人とつながっているからこその痛みだと解釈できます。
共感疲労が発生するプロセスを科学的に説明する際、重要なキーワードとなるのが「ミラーニューロン」です。ミラーニューロンは脳内に存在する神経細胞で、他者の体験を自分の身体で知覚するためのものです。
たとえば、自分の身近な人が不機嫌な場合、その人の表情や声のトーン、瞬きの回数に至るまで、私たちは無意識に知覚しています。この際に活性化しているのがミラーニューロンであり、相手のネガティブな感情が自分にも伝染します。すると自分の暗い気持ちをまた相手が受け取り、負のスパイラルが起こることになります。これはケアギビングでよく見られるシチュエーションです。
参考:感情の伝染とメンタルヘルス|医療法人社団 平成医会
ケアギバーとして「疲れを感じているサイン」を見逃さないで
ケアギバーは自分のことを後回しにして周囲を優先してしまうことが多く、疲れが溜まりがちです。ケアギバーが疲れを感じている際には以下のようなサインが現れます。
- 普段なら許せることも許せなくなる
- 相手に優しさを向けられなくなる
- 首や肩が凝る
- 自分の思い通りにしたいという気持ちを持つようになる
- 「もう嫌だ」と泣きたくなる
- 寂しさや孤独を感じる
- 眠れなくなる
このようなサインを放っておくと自分自身がどんどん追い詰められてしまいます。思い当たる方は頑張りすぎているかもしれませんので、サインを見逃さないように意識してみてくださいね。
共感疲労にならないため「コンパッション」と「セルフコンパッション」
ケアギバーが共感性疲労に陥らないためにはどうすれば良いのでしょうか?ここからは「共感」と「コンパッション」の違いを理解し、苦しさと付き合う術を紹介していきます。
コンパッションとは?
コンパッションとは、他者の苦しみや不運に対する強い同情と悲しみ、そしてその人たちを助けたいという願いを意味します。日本語では「思いやり」や「慈悲心」と訳されますが、これは共感や同情とは異なる感情です。コンパッションは他者を気遣い、幸福を願う感情を指します。
参考:有光興記 (2021). コンパッションとウェルビーイング-調査, 実験, 介入研究とマインドフルネスとの関係性について-. 心理学評論 (Japanese Psychological Review), 64巻, 3号.
共感とコンパッションの違いはどこにある?
「共感」と「コンパッション」は、実際には似て非なる概念です。
心理学者のカール・ロジャースは「共感」を「他者の苦しみや喜びを、あたかも自分がその人になったかのように感じるが、自己の認識を失わない状態」と定義しています。
一方、「コンパッション」は日本語で「慈悲・思いやり」と訳され、他者に同情したうえで、さらに愛情で包み込むという概念です。
「共感」は他者の感情の代理経験となるため、他者の苦痛に共感すると自らもネガティブな感情を経験します。一方、「コンパッション」は他者を気遣い、幸福を願う感情です。他者を思いやる際自らは優しさや温かさを経験するため、コンパッションを持つことはポジティブな経験となります。
参考:山田俊介(2016). 共感的理解の意味についての考察―カール・ロジャーズのとらえ方の変化をもとにして―. 香川大学教育学部研究報告, 第Ⅰ部, 145.
セルフ・コンパッションとは誰かを思いやる「基盤」
しかし、自分を疲れさせてくる人に対して、コンパッションを持つことは難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。そこで重要になってくるのが、今回のテーマである「セルフ・コンパッション」です。
ダライ・ラマ14世の言葉に、「他者への真の思いやりを育むためには、まず思いやりを育むその基盤が必要です」というものがあります。この「基盤」にあたるのがセルフ・コンパッションであり、他者を思いやるためには自分自身への思いやりが必要であることを端的に示しています。
ここでは、セルフ・コンパッションをより理解するために、構成する3つの要素「マインドフルネス」「共通の人間性」「自分への優しさ」を解説します。
(1)マインドフルネス
マインドフルネスは、自分が感じている感覚を押し込めたり過度に反応したりするのではなく、「今自分はしんどいんだな」とありのままに気付くことです。これは「バランスのとれた気付き」とも定義できます。
マインドフルネスの全体像は「マインドフルネスとは? 〜 マインドフルネスの全てを体系的に解説 〜」でより詳しく理解しています。
(2)共通の人間性
共通の人間性とは、苦しんでいるのは自分だけではないと気付くことです。すべての人が人生のどこかで苦しい時期を経験します。
その苦しみは人生において重要な要素であるからこそ、互いに労り、サポートする必要があります。あなたは決して一人で苦しんでいるわけではなく、その共通性によって他者と深くつながっているのです。
(3)自分への優しさ
自分への優しさとは、自分自身の痛みを無視したり遠ざけたりせず、労わりと愛情を持つことを指します。具体的には、「友人に対応するように自分自身に対応する」ことを意識すると、自分自身への優しさを持ちやすくなります。
セルフ・コンパッションについてはこちらの記事でも詳しく紹介しています。
ケアギバーが取り入れたいセルフ・コンパッションのやり方
ケアギバーは、つらい・苦しいと感じても、その場から離れられない場合が多くあります。ここでは、ケアギビングの現場でも実践できるセルフ・コンパッションの方法をご紹介します。
- 自分の身体で負担を感じている部位(例:胸・お腹・腕)に手を置き、安心感を得られる場所を見つけましょう。身体に触れたくない場合は、触れなくても大丈夫。
- 手のひらの温かさや柔らかさを感じとります。
- 手を触れたまま呼吸に意識を向け、身体を通る空気の流れを感じましょう。
- 自分が今必要としているイメージや言葉を呼吸にのせてみます(例:光のひだまりのイメージ・大変な中でもよく頑張っているね・この苦しさから早く解放されますように など)。
セルフ・コンパッションのやり方については、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
まとめ|ケアギバーのためのセルフ・コンパッション
今回は、ケアギバーがどのように自分や相手に対してコンパッションを持てば良いのか紹介しました。日々身をすり減らして「与え続けている」あなたも、一度自分にも温かい気持ちを送るように、身体に手を当てて深呼吸をしてみましょう。
つらいこと、苦しいこと、逃げ出したいことに立ち向かう中で大切なのは、マインドフルネス、一人ではないという意識、そして自分への優しさです。
このクラスの内容をフルバージョンで確認したい方や、マインドフルネスを深めてセルフ・コンパッションにつなげていきたい方は、MELONのオンライン・マインドフルネスサービス「MELONオンライン」へぜひご参加ください。
一般社団法人マインドフルネス瞑想協会の資格を持つプロのインストラクターが、丁寧にわかりやすく実践のサポートをいたします。
まずは、2週間の無料トライアルから始めてみませんか?
監修者紹介:松本 真紀子さん
米国ハコミ研究所・認定セラピスト、MSC講師 (Trained Teacher)、MBSR講師
10年以上を過ごした米国オレゴン州を離れ、現在は高知県在住。マインドフルネスを主体とする米国生まれの心理療法・ハコミセラピーを用いて、主にオンラインで個人セッションを行っています。また、マインドフルネスやセルフ・コンパッションの教育にも携わり、入門講座や8週間コースの開催及び援助職の方のためのサポートグループなども行っています。
ホームページ: https://www.tsunagu-mindfulness.com/