世界幸福度レポート

 今年の3月に国連が毎年発表している世界幸福度レポートが発表されました。ここで発表されている世界の国々の幸福度ランキングでは、一人当たりGDP、社会的支援、健康寿命、人生選択の自由度、寛容さ、社会の腐敗度を幸せを構成する重要な要素として「幸せ度」を説明しています。各国の人々が幸せと感じているとすれば、それらの要素が満たされているからだという仮定を元に、それぞれの寄与度を計算したものです。一番右端の薄紫はそれらで説明できない誤差です。

 このランキングでは例年、北欧が上位を占め、次いで欧米オセアニアの先進国が上位に入ってきます。アジアの上位国は25位の台湾、34位のシンガポールになります。日本は昨年は54位でしたが、今年は58位になりました。また幸福度の変化度合いのランキングもあり、日本は前回の調査から幸福度が若干下がっているため95位です。変化度合いのランキングで上位に入っているのが東欧、アフリカ、アジア、南米などの比較的GDPが低い国であり、一方で幸福度ランキングでは上位に入っている先進国では、米国の112位、フランスの102位など低下傾向にあることが読み取れます。

World Happiness Report 2019 (https://worldhappiness.report)

 次にデータソースは違うのですが、一人当たりGDPと幸福度の時系列の変化を見てみます。このグラフでは横軸に一人当たりGDP、縦軸に自分が幸福と感じている人の割合を取っています。当然ですが、世界は時間の経過と共に裕福になってきており、矢印は右方向に伸びています。一方で幸福度については、若干様子が異なっており、特に右端にある先進国では一部の国で幸福度が下落しています。裕福になる途上にある国の人々が、物質的に豊かになるとともに幸せを感じるようになっていくのは感覚的に理解できますが、既にある程度、物質的なニーズを満たされている人々の幸福度がなぜ下がっているのか?一見矛盾するこの現象はEasterlinパラドックスと呼ばれているそうです。このヒントは先ほどの世界幸福度レポートの中にありました。

Happiness and Life Satisfaction by Esteban Ortiz-Ospina and Max Roser
(https://ourworldindata.org/happiness-and-life-satisfaction)

2010年以降はアメリカ人の幸福とウェルビーング(健康で安心して生活できる状態)にとって良いものではなかった。 2009年の大不況後に米国経済は回復したにも関わらず、成人の幸福度は1990年代の高水準までは回復せず、一般社会調査では少なくとも2000年以降緩やかな減少が続いている。

中略

幸福度と精神的健康のこの低下は逆説的である。多くのアメリカ人はこれまでよりも幸せを感じることができるはずだ。失業率も暴力犯罪率も低く、一人当たり所得はここ数十年で着実に伸びてきた。これがEasterlinパラドックスと呼ばれるものだ。生活水準が向上するにつれて、幸福度も向上するはずなのに、そうなってはいない。

社会的資本および社会的支援の減少(Sachs, 2017)、肥満および薬物乱用の増加(Sachs, 2018)など、成人アメリカ人の幸福度の低下を説明するために、いくつかの信頼できる説明がなされている。ここでは、さらに補足的な説明を提案したい。アメリカ人の余暇の過ごし方に根本的な変化があったことが、幸福度の低下を引き起こしているということである。

World Happiness Report 2019 (https://worldhappiness.report)

 ここで指摘されている余暇の過ごし方の変化とは何でしょうか?既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、スマホです。(この記事をスマホで読まれている方も多いと思いますが…。)スマホが普及して以降、子供も大人もライフスタイルが大きく変化しました。具体的には、人との直接的な会話や睡眠に充てる時間が、スマホを眺めている時間に置き換わったということです。もちろんスマホによって世界は良い意味でも大きく変化しました。一方で副作用に関しては、これまであまり社会的な関心が向けられてこなかったような気がします。

この10年間で、青少年がスクリーンアクティビティ(特に、ゲーム、ソーシャルメディア、テキストメッセージなどのデジタルメディア)に費やす時間は着実に増加し、アメリカ人の大半がスマートフォンを持つようになって以降、2012年以降はさらに加速した (Twenge et al., 2019b)。 2017年までに、平均的な17〜18歳は、主に3つのデジタルメディア(インターネット、ソーシャルメディア、テキストメッセージ)に1日6時間以上を費やすようになった。 2018年までに、米国の青少年の95%がスマートフォンにアクセスし、45%が「ほぼ常時」オンラインでいると答えている(Anderson&Jiang, 2018)。 デジタルメディアの利用が増加したのと同じ時期に、友達との付き合い、社交、パーティーへの参加など、互いに直接対話をする時間は減少した。 2016年には、iGen世代(1995年〜2012年に生まれた世代)の高校生は、GenX世代(1960年〜1980年代前半に生まれた世代)と比較し、人と直接会話をする時間が1日1時間も短くなった(Twenge et al., 2019)。このように、青少年が社会的に交流する方法は根本的に変わり、オンラインでの活動が増え、直接的な人との交流から離れていった。

World Happiness Report 2019 (https://worldhappiness.report)

 睡眠と、人と会話する時間が減少するのに呼応するように、幸福度の水準も下落してきており、特に2012年以降の変化は顕著と言えるでしょう。このレポートでは明確な因果関係は示していませんが、関連性があることは否定できないように感じます。幸福度との関連性が高い活動には、睡眠、スポーツ、人との会話、ボランティア、映画鑑賞、宗教活動などがあるため、それらに費やす時間が減ったことは幸福度を減少させる要因になったのかもしれません。

World Happiness Report 2019 (https://worldhappiness.report)

 特に睡眠は人間にとって非常に重要なメンテナンスの役割があることが知られています。体は眠っている間に成長ホルモンを分泌し、疲れをとったり、傷んだ部分を修復します。また日中に見たことや学習したことを脳に定着させたり、整理したりするのも睡眠の効果です。脳を休めるためには7時間の睡眠が望ましいとされています。しかし、実際には仕事や家庭、人間関係など様々な理由で十分な睡眠を取れず、脳を十分に休ませることができていない人が多いのではないでしょうか。この十数年の技術的な進歩に対し、人間の脳や身体は適応できていないと考えれます。

 私はこの数年でマインドフルネスや瞑想への注目が高まっている理由の一つが、スマホを含むテクノロジーの進化と、それによってもたらされる情報量の増加ではないかと考えています。人間の進化の過程において、ここまで速いスピードで人間を取り巻く環境が変化したことはなかったはず。恐らくこれからもこの技術的な変化はシンギュラリティと呼ばれる点を目指し、加速し続けていくのではないでしょうか。一方で、まだ誰も想像できない未来に不安を感じる人も増えているのかもしれません。このような文脈の中で、今ここにある自分の身体と心に向き合うということの意味が改めて問われているような気がします。

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